4年ぶりの再会 2009年9月3日

高橋晶子さん(右)=記念館で この夏、懐かしい人たちに再会した。ともに4年ぶり。時間や距離の隔たりなんて感じない、うれしい時間であった。
8月初め、記念館の設計者、高橋晶子・寛ご夫妻が設計関係の方たちとともに来館された。晶子さんは2年くらい前に、武蔵野美術大学のゼミの学生たちと来てくださっているが、寛さんとはあのとき以来である。
4年前の光景を私ははっきり覚えている。閉館後の夕暮れ時、記念館南端の”空白のステージ”。ベンチに座って三人でいろいろな話をした。
「私たちにとってこの記念館は自分たちの子どもなんです」という晶子さんと、横で頷く寛さん。それは、晶子さんと同年の私には心に残る言葉だった。
今回この話をしたら、「よく覚えていましたね。そうです、この記念館は私たちの子ども、しかも一番初めの子どもなんです」と晶子さん。

オープンした亀山社中記念館4年間で記念館はすっかり変わった。「龍馬の入口」というコンセプトは「龍馬の殿堂」へ。館内の様子も展示だけでなく様々に変わった。椅子ひとつこだわって配置してきた高橋さんにとって、今の状態はどんなに映るのか。
「パソコンに例えれば、何もないPCにどんどんソフトや情報が入っている感じ。これからの変化も楽しみです」。”わが子”を見る親のまなざしは温かい。
かわって長崎。8月末、あるNPOに呼ばれて話をして来た。
何も連絡していなかったが、長崎龍馬会の方たちが、私の長崎行きを知って集まってくださった。龍馬を辿って歩き回った4年前も暑い日だった。あのときのメンバーである。
とりとめのない話の途中、この日の講演内容を聞かれて話す私にじっと耳を傾けてくださる面々。ふるさとに帰ったような安堵感が広がるのを感じていた。
再会2題。歳月はまろやかに熟成しているようだ。