幕末のサイレント・マジョリティ 2014年7月5日

新しい企画展「風刺画にみる幕末社会」展が始まりました。

今回は風刺が込められた錦絵の展示。
「風刺」を分かりやすく言うと、ユーモアを交えつつもするどく批判・批評をすることです。

幕末の江戸庶民は、地震が起きれば鯰の絵、パニックが起きれば逃げまどう人々の絵、薩長と幕府が戦争をすれば、子どものけんかに見立てた絵にして出版し、皆で楽しみました。

たとえば「子供遊び夏の栄(さかえ)」(慶応4年)。

子供遊び夏の栄(さかえ)

戊辰戦争を描いた風刺画の代表的な例です。
子どもたちが新政府側(左)と幕府側(右)に分かれ、幕府側にある城のおもちゃ(江戸城)を新政府側が奪い取ろうとしています。
新政府側には菊の柄の着物を着た幼児(天皇)がおり、錦旗を持った大きい子どもにおぶわれています。
皆がけんか腰なのに、ひとりだけかくれんぼをしている子どもは、前将軍の徳川慶喜です。
戊辰戦争前後の政情をとてもよくとらえています。

他の子どもの様子から発行時期を推測すると、すでに江戸城は新政府側の手に落ちているはず。
何故このような構図が描かれたのでしょうか?

ここには、将軍のお膝元として幕府の味方をしたい、という江戸庶民の心のうちが投影されていると言われています。
他にも、幕府軍の主力となった会津藩や庄内藩を勇ましく描くなど、類似する風刺画は多数あります。

一方で、幕府軍が大負けしている錦絵も出版されています(「毛理嶋山官軍大勝利之図」パネル展示)。
これは江戸でなく上方で描かれたと思われます。描く立場によって内容もさまざま、ということです。

「サイレント・マジョリティ」ということばがあります。
「物言わぬ多数派」という意味で、民主主義社会で積極的に発言しない大多数の人々を指し、政治上無視できない存在とされています。
江戸時代は民主主義の世ではありませんが、政治に介入しない民衆の声が、こうした錦絵にはあふれているように思えてなりません。

庶民の目でみた「もうひとつの幕末」。ぜひ、色鮮やかな錦絵とともにお楽しみください。