中岡慎太郎銅像

◆室戸市室戸岬町
◆土佐くろしお鉄道奈半利駅下車、県交通・土電バス室戸岬・甲浦方面行、室戸岬下車、徒歩1分

中岡慎太郎銅像高知市より国道55号線でほぼ85キロ、黒潮うねる室戸岬の最先端に銅像はある。そのまなざしは、はるか海の彼方に向けられている。
この像の建立運動は、坂本龍馬の銅像完成と時を同じくして、安芸郡下の青年の手で、そして場所は龍馬の桂浜に対して室戸岬にと行動を開始したのにはじまる。しかし経済界の不況や、後免・安芸線の建設、更には室戸台風の被害なども重なって募金活動は決して順調ではなかったという。
銅像は昭和10年4月1日午後3時、地域の人々の歓迎の渦巻くなか室戸港に上陸し、4日には制作者本山白雲の指揮によって据えつけを終った。安芸郡下の青年達が活動をはじめて7年、龍馬像完成から7年ののちに彼等の熱意は実った。2万5千657円の募金だった。
台座の正面には「贈正四位 中岡慎太郎」とある。若き日、共に活動した田中光顕の書だ。高さ17尺5寸、総重量2、000貫、台座共に高さ44尺5寸、刀の重量20貫、地上高46尺余と当時の諸目が残されている。
黒潮洗う室戸岬「天保9年4月 安芸郡北川村に生る 幕末の頃天下の志士と交友し 陸援隊を組織し034-2.jpgその長となり 海援隊長坂本龍馬と共に薩長連合をはかり明治維新の大業に尽力したが 慶応3年11月15日(1867年)夜 京都において刺客のために斃れた 満30才、昭和10年安芸郡連合青年団・室戸岬町連合青年団建之」と像前の花崗岩に記されている。その文字には、陸援隊長中岡慎太郎の新しい日本建設への熱い情熱と、銅像建立に燃えた安芸郡下の青年達の心意気が重なって輝いている。