遠めがね 2005年11月17日

11月15日を記念して、このほど桂浜をはじめ生誕地周辺などで龍馬生誕170年のお祝いが行われた。170年経ってなおこれほど親しまれる龍馬とはいったいどんな人なのだろう。桂浜・龍馬像前の式典に参加しながら私は龍馬に問いかけていた。
龍馬は新しもの好き、プレゼント好きである。姪の春猪をからかいながら“舶来のおしろい”を贈る約束をしたのは有名だが、家族にも何やかや贈っているし、自分もまた「おねだり上手」であるようだ。「人の付き合いはものをやり、やられから始まる」と言うが、お中元お歳暮などはいい例だ。日本人特有の習慣はさておき、龍馬は思いやりをプレゼントという形に変えて送り届けていたのだろう。
慶応3(1867)年5月中旬、龍馬は世話になった寺田屋伊助に「遠眼鏡(とおめがね)一つ」と時計一面を贈っている。いろは丸事件の交渉に長崎へ向かう前のことで、少し前の7日には三吉慎蔵宛に自分が死んだ後のお龍のことなどを頼んでいる。添えられた手紙からは、これが最後かもしれない伊助へのプレゼントに託す龍馬の切々とした気持ちが伝わってくる。(現在展示中)
この遠眼鏡。つまり当時の望遠鏡を、私は先ごろ長崎で初めて見た。朱塗りの瀟洒なものだった。龍馬が伊助に贈ったのもあんなものだったのだろうか。
さて、当館にも遠めがね、つまり望遠鏡が2基設置された。屋上と、当館2階(以前は1階、11月より現状)南“空白のステージ”の2ヶ所。龍馬の見た大きな海を映している。中でも屋内のものは、「テレボー」という最新式のもので、四国では3番目の設置。もちろん太平洋を眺められるのはここだけだ。
この望遠鏡からは果てしなく広がる海だけでなく、龍馬の志だって眺められるかもしれない。