花二題 2006年1月19日

1か月余り前、北海道・とかち帯広空港に降り立つ私を迎えていたのは、眼下に広がる雪をいだいた日高山脈だった。大地には柏林や白樺林も点在する。私は、何度か旅をしたこの大地に、以前と違う思いを持ってやって来ていた。もちろん仕事として来たのだが、懐かしいときめきがあった。
帯広に来る前に私は、抜けるような青空を背景にしたこの日高の風景を見ていた。小さな油彩画だったが、その迫力に心を打たれた。描いたのは、坂本直行。開拓農民として、山岳画家として生きた人だ。
広大な山脈の裾野、足元に咲く小さな花々も描き続けた。直行さんの絵を通して、花々を愛する人も多い。直行さんと同郷の帯広出身のオカリナ奏者本谷美加子さんは、直行さんの描いた花に合わせた曲を作りたいと話していた。野に咲く花たちは本谷さんの曲に合わせて、どんな表情を見せるのだろう。
世阿弥に「自力より出づる振舞あれば、語にも及び難し。その風を得て、心より心に傳はる花なれば、風姿花傳と名附く」とある。芸道で厳しく花を求め続けた人の言葉である。有形無形に直行さんと通じる。
当館の館だより「飛騰」の題字を揮毫してくださっている沢田明子さんの書展が、高新画廊で開かれた。沢田さん主宰の画廊「北山」開設10年記念でもあり、10年という節目の集大成にふさわしい、とりどりの作品で彩られていた。
報道写真からインスピレーションを得て書き続ける「小(りっしんべん)」シリーズや自身の言葉で綴られた書の数々。文字は形として元素に帰り、形成された当時の形のままで画になっている。大家にふさわしい筆遣いでありながら、絵のように歌のように語りかける書の持つ風景の豊かさを感じる。
84歳の沢田さんが会場を歩いている。粋でシックなドレス姿もさることながら、この方が動くと空気がつられて動き出す。沢田さんの動きは気配となって、会場を揺らす。「もう咲かないと思った花が咲いた。一番きれいな花だった」という言葉にも目が止まった。
「年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり」。岡本かの子『老妓抄』にある歌が、これほど似合う人はいないと思った。