北の大地・坂本直行(4) 2006年5月18日

先日、札幌にいる坂本ツルさんと電話で話をした。「今、庭のカタクリがとってもきれいなんですよ。サクラも終わりました」と言う声が明るい。今年89歳とは思えない実に涼やかな声だ。電話であってもこの声に出会うとその日一日の力が沸く。
カタクリは春を告げる可憐な花。高山や北国に良く似合う。直行もよく描いた花だ。

「忙しくて2週間程行って見なかったら、樹林地にはもう一面に若草が萌えて、明るい緑に蔽われていた。カタクリのピンクの花が一面に散らばって居たし、その間にエンレイ草やフクベラ(二輪草)の花が美しくちりばめられて居た。北斜面にはオオサクラ草の目を射るような濃いピンクの花の群れが有った。オオサクラ草の葉は、甘たるい良い香りがする。」(「開墾の記」)
「山の姿を描き終つた僕は、安心感と満足感で、今度はおちついて丘の上の若草に腰をおろして、煙草を吸いながら美しい山波と牧場をながめた。・・・・・場長宅の縁側からアポイが見える。これもなつかしい山だ。少し残雪があるのは、何か拾いものをしたような気持だった。僕は若草の露を踏んで牧場の道を歩いた。そして樹林の下に、なつかしいオオサクラ草とオオバナノエンレイ草を見た。そのほか、ニリン草、カタクリ、エゾリュウキンカもあった。なつかしいというのは、僕はこんな美しい野の花と、35年間もいっしょに暮らしたからである。」(「山の仲間と五十年」秀岳荘記念誌)

旅行者にとって美しくロマンティックな白樺林や柏林。しかしそこは、開墾者に痩せた土地と過酷な労働を強いる場所だった。冬は一層厳しいものだ。それだけに春は開墾者に喜びをもたらす。直行は春の喜びを隠さない。
「くる春もくる春も、いつも同じような環境の変化を伴ってくるのではあるが、私達は毎春新しい喜びを感じた。初めて眺める春のように思われた。」(「開墾の記」)

カタクリの花を喜ぶツルさんの声は、今も昔も同じように北の大地に響いていたに違いない。