北の大地・坂本直行(5) 2006年6月10日

「反骨の農民画家 坂本直行展」のポスター、チラシ、チケットができた。ポスター、チラシの上半分には直行さんの描いた日高の山並み大きく刷り込まれている。今はさわやかな初夏の日高山脈だが、しばらくすると晩秋の紅葉した柏林の向こうにある日高山脈になる。これらのポスター、チラシは直行さんという人のことを、県下をはじめ日本各地に広めていくだろう。いろいろな街角で直行さんの絵が語り始める。

先日、高知県教育長の大崎博澄さんを訪ねた。私が敬愛する人生の先輩である。山畑を耕し、自然を愛するナチュラリストだ。そんな大崎さんを慕う人たちが素朴な草木を持ち込み、教育長室はさながらジャングルの趣になっている。
直行の話をしていたら、大崎さんは瞬間沈黙した。
「今の話を聞いて思い出したことがあります。昭和40年代に児童詩を集めた『サイロ』という詩誌があって、ボクはそれを北海道から送ってもらっていました。それに挿絵を描いていたのが確か坂本さんという人だったと思います」
「『サイロ』は六花亭が昭和35年から毎月出しているもので、その坂本さんが坂本直行なんです」
「六花亭?いやそんな名前じゃなかったですよ。私はそこの小田豊四郎社長に手紙を書いて、丁寧な手紙ももらいました」
「六花亭はその当時、帯広千秋庵といっていました。小田社長は会長になり、今は息子の豊さんが社長になっています」
「そうですか。それはなつかしい。秋が楽しみですね。きっと見に行きます」
生前の直行さんとつながっている人がこんな身近にいた。
大崎さん自身、児童詩誌「めだま」を長くガリ版出版していた詩人である。静かではあるが、この人もまた筋金入りの反骨だ。教育長室には今、直行のポスターが貼られている。

5日の北海道新聞では、当館の「坂本直行展」が紹介された。龍馬と直行によって、高知と北海道が身近になってきた。