北の大地・坂本直行(9) 2006年9月5日

9月になった。
開館までにはずいぶん早い時間だが、入り口に貼ったばかりの秋バージョンの直行展ポスターを熱心に見ている人がいた。その後ろ姿に思わず「おはようございます」と声がけしたことから、会話が弾んだ。
その方は私に熱く語ってくれた。
「私は昭和2年生まれで、17歳で兵隊として鹿児島に行ったがよね。そこには北海道から来た人もおった。鹿児島には珍しく雪の降った日、震えている自分を見て北海道の人は『こんなのは寒さじゃない』と言うて笑いよった。私は前線に出ちゃあせんけんど、戦争はつくづく嫌やと思う。福島に行った時には、『土佐から来たのか。帰れ。土佐人は嫌いだ』と言われた。何であんなに言われないかんか分からん。龍馬が生きちょったら、そんなことを言われんでもよかったと思う。龍馬が生きちょったら戦争なんか起こらんかったかもしれんと思う」。
「龍馬の子孫が北海道におったがかね。知らんかった。帯広から太平洋に向かったところにある広尾町かね。だいたいの場所は分かるよ。そこにこの直行という人はおったがかね。いい絵やねぇ」。いかにもいごっそう然とした風格で口調は強いが、澄んだ目をした人だった。
こんな言葉を思い出した。「直行さんは古武士のようで、眼光が鋭かった」。6月の取材中、豊似の市街地で隣家にいた後藤隆さんが語ってくれた。後藤さんは直行の長男・登さんの同級生で、隣家の坂本家によく遊びに行っていたらしい。昭和30年代半ばには珍しい洋式トイレのあるモダンな家だったという。豊似は、直行が原野を出て移住した所。
直行は農民運動、自然保護運動にも没頭した。戦時中には戦争を憎んだ。直行に龍馬のまなざしを感じる。
もうすぐ龍馬の子孫、直行が帰ってくる。そんなことを実感する朝だった。