北の大地・坂本直行(18) 直行展その後Ⅱ 2007年5月12日

札幌からようやく花便りが聞こえてきた。高知とは2ヶ月近く気候が違うことになる。ということは道東オホーツク沿岸にある北見市では、まだ桜のつぼみは固いのかもしれない。現在の最高気温はまだ10度前後だという。
私が北見を訪れた4月半ば、北見では雪が舞っていた。残雪は路面のあちこちにあるし、私はその寒さに思わずコートの襟を合わせていた。
約束の時間に遅れて北見市教育委員会を訪ねると、社会教育部長の山崎さんはじめ北網圏北見文化センターの方たちが満面の笑みで出迎えてくれた。遅くなったことや初対面の緊張を味わう時間もないほど、心待ちしてくれていたことが伝わってくる笑顔。人の温かさが北の寒さを溶かしてくれた。
さて、北見市は直行の祖父、坂本直寛らが開拓会社「北光社」をつくり、高知の先人たちが開拓した土地。大雪山系を源流にする常呂(ところ)川が流れる野付牛(のつけうし)村に、高知からの移民団は入植した。
小雪の舞う常呂川河畔、小さな公園ほどに整備された場所に直寛や北光社の顕彰碑が建っていた。遥かな北の大地。明治から見ると、1年前の町村合併で北海道一の面積になった北見市の発展は信じられないことだと思う。
春先の寒さでさえ、南から来た私には厳しい北の風土を十分感じさせた。かつて男も女子どももどんな思いでここに来て、どんな毎日を過ごしていたのだろう。安穏とした今の私たちの想像を絶するものであったことは確かだ。
わずかな滞在中に、「土佐の人たちが北見をつくってくれた」という言葉をそこかしこで聞いた。私への歓迎の言葉だけではなさそうだ。
囚人たちにさえ過酷以上の土地であったオホーツク海近くの土地で、土佐の人たちは開拓をし続けた。その辛苦、重労働、失望、絶望、そして一筋の希望の上に人々は生き続け、信念を貫いていったのだろう。先人への感謝と畏敬の念が、私の中に沸々と湧き上がるのを感じていた。