北の大地・坂本直行(19) 直行展その後Ⅲ 2007年5月17日

明治31年(1898)家族とともに北海道に渡った直寛は、北見に行かず道央の浦臼町に入植し、キリスト教布教活動に専心した。代わりに、高知出身の前田駒次が北光社の経営や稲作普及に努め、今、駒次の顕彰碑がある場所は「こうち広場」と呼ばれている。
高知からは最果てほど離れた土地でこうして高知が生きている。そのことに、私は奇妙な感動を覚えた。
ところで、浦臼(うらうす)と聞いてもピンとこない方がいるかもしれない。札幌と旭川(旭山動物園が人気)の中間ほどにある町だ。ここには坂本家の資料館もあって、直寛らの顕彰をしているようだ。私はまだ行ったことはないが、いつか行く機会もあるのではないかと思っている。
私はこの1年半、坂本直行という人を道標にして広大な北海道を点でつないできた。いつの間にか、小さな点だったものが、くっきりとした線につながってきたように思う。直行展は終わったが、直行さんを通じた出会いはこれからも広がっていくのではないか。そう信じる。

閑話休題。
先日、縁者の方に一枚の写真をいただいた。本などでも紹介されている明治31年に直寛らが渡道する前に高知で撮った坂本家の集合写真。
印画紙に焼き付けられたものを見ると、当時が鮮やかに見えてくる。龍馬もそうだが、坂本家の人々は写真好きであるようだ。龍馬がよくからかっていた姪の春猪もいるし、直寛の姉や兄家族も写っている。直行さんの母・直意はキリッとした少女だ。小さな子どもたちもいて、その子らが成長し当時を語ったことは今も親族に伝わっているのだから、明治はこの間のことのように思えたりする。もしや年老いた龍馬がこの写真の片隅にいてもおかしくはないと思えるほどだ。
この鮮明な画像を皆様にご覧いただく日も遠くないと思う。
現在開催中の「来館200万人記念・所蔵品展」。夏に開催する「暗殺140年 坂本龍馬・中岡慎太郎展」。秋からの「樋口真吉展」。年末から始まる「幕末写真館」。
史実に沿いながら、人間のドラマが見えてくる。かつて生きた人々が、今を生きる私たちへ贈るメッセージが伝わってくる。そんな企画展をこれからも展開して行きたいと思っている。