独り言Ⅵ 2007年8月9日

先日上原ひろみのジャズライブに行って来た。もの凄いエネルギーとパワー溢れる演奏だった。
彼女のMCにこんなコメントがあった。
「四国に来るのは生まれて初めてです。
空港に着くと同じ顔がいっぱいあって、メンバー(彼女以外3人共外国人)にあれは誰と聞かれました。
龍馬といって有名なお侍さんと答えました。(客席からは、坂本龍馬と言う声が嬉々として挙がった。)
そしたら何人位殺したの?と聞かれたりして…???。
今度来る時はもっと色々勉強してから、また来たいと思います。」
ここでも龍馬が登場した。

ドラマ、舞台、ミュージカルと、昔から色々な役者が様々な演出で龍馬を演じている。9月からは歌舞伎座で市川染五郎が龍馬を演じるそうだ。単なる“九月大歌舞伎”の出し物というのではなく、染五郎のライフワークとしての演目にするそうだ。

当記念館には、来館された方々に自由に書いていただく【拝啓龍馬殿】という用紙を置いてある。そこには悲喜こもごもの思いや人生が真摯に綴られている。中には龍馬に思いを寄せて、子供の名前に龍馬あるいは竜馬と名付けたというご両親の文面も見かけたりする。
職員の間でも龍馬の普遍性が話題になった。名前一つ取っても龍馬は昔も今も全く古さを感じさせない名前なのであると。混沌とした現代に、140年前の龍馬の思想がそのまま通じる2007年。そして、多くの人々が龍馬の行動力と人物像を渇望している。

龍馬のドラマ性にしても魅力ある普遍性にしても、この話を聞いていて私はすぐにW.シェイクスピアが頭に浮かんだ。分野は違えども戯曲の物語性において、役者なら誰もが一度は演じてみたいと思う登場人物がてんこ盛りなのである。そして演出家に至っては、時代を全く感じさせない普遍的な内容に魅了され、やはり一度は演出してみたい戯曲なのだそうだ。
シェイクスピアは龍馬より300年早く生きた劇作家であり、戯曲を通してその時代と世相を鋭く描いた人物である。そして時代を超えて今尚、国内外どこかの舞台では、必ずと言っても過言でないほどシェイクスピアは上演されている。

龍馬の生まれた日と亡くなった日が同じなら、シェイクスピアもまた、生まれた日も亡くなった日も同じである。(と言われているが、実のところは洗礼受けたのが誕生日の3日後と言うことはわかっているが、誕生日が果たして定められた日かどうかは、はっきりしていない。)