独り言Ⅷ 2007年10月27日

一日一日が、最近本当に早く過ぎてゆく。12月17日(月)から始まる「幕末写真館展」の準備に追われているせいもあるだろう。とはいえ、色々な処からお願いしてあった古写真が次々と届く日々は楽しいものである。古写真とはいえ百数十年前の写真にもかかわらず実に鮮明であり、被写体を眺めていると確実に何かを語りかけてくる。そう、無言の声を感じることが出来る。

ところで、コンサートへ行くとほぼ毎回思うことがある。それは演奏者の演奏がまだ終わらない内に、我先にと拍手をする人が大概いるということである。演奏者が最後の音を出した途端に拍手するなんて、折角の演奏が台無しである。音には余韻というものがあり、その響きの余韻はまだ演奏の一部であって、奏者は当然そこまで聞かせていると思うのだけれど。先日赴いたコンサートでも、わずかな余韻を楽しむことなくせっかちな聴衆が多かった。どうして急ぐのと言いたくなった。演奏者が同じことを言っていたのを、何かで読んだこともある。

余韻を聞いたり感じたりするのは、何も音だけではなく五感で感じ味わうものである。とはいえ、今の世の中余韻を味わうなどと優雅なことを言っていられないほど余裕がないのかもしれない。けれどもせめて、五感を楽しもうと自ら出向いた環境では、余韻を是非堪能してみてはどうだろう。
そこで「幕末写真館展」では、幕末のあらゆる写真の中でどっぷりと幕末を体験し、当時を体感していただければと思います。そして、願わくば何らかの余韻を是非ご自分なりに味わっていただければ幸いです。