以蔵のピストル 2005年10月11日

「人間、死ぬときゃあ、いやでも死ぬ。私しゃあ、これまでに3回命を捨てちょる」。
岡田義一さん(80)は、哲学者の顔である。
交通事故、病気。交通事故に遭った時は、70歳を越えていた。なんと十日間も意識不明だったそうだ。
戦時は航空隊に所属していた。出撃が決まって、家で最後の別れの休暇を過ごし、隊に戻る途中、列車が事故に遭った。出撃時刻に間に合わず、同僚は出撃していた。一人取り残された。生き延びた。
岡田さんの話しを聞いていると、人間の持つ運命の不思議さを改めて考えさせられる。
何より、岡田さんが幕末の孤剣の剣士、岡田以蔵の血筋に当たると聞くと、妙に納得してしまった。
香長平野、田園地帯の水路の多い一画に、岡田さんのお宅はあった。
風が岡田家の座敷を抜けて行く。ふすまを外せば40畳はあるだろう。大広間である。
座敷の南の庭は、築山になっていて、池には鯉が放たれている。
正直、岡田以蔵のゆかりのお家と聞いた時のイメージとは少し違っていた。
しかも、岡田家に伝わる家宝を、拝見できる今日はチャンスなのである。
この家宝が、また、予測できない代物であった。
剣ではなくピストル。その意外性に裏をかかれた思いであった。箱に収まったピストルはフランス製、幕末風雲急を告げるその時代を、以蔵の懐で潜り抜けてきた。そう考え、目にし触れると、また新たな感慨である。
実は、このピストルを、11月12日、龍馬を巡る人々バスツアーで拝見できることになった。興味のある方は是非ツアーへ参加してください。お待ちしています。